東北のために何かしたい…今自分が何をしたいのか分からない……そんなときは「南三陸あいターン」に参加して南三陸町で働こう!東北と自分の人生を変えられるかもよ!【PR】

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こんにちは。ノッツです(^o^)/

突然ですが、私は大学院を卒業後は就職せずに2013年4月から2年ほど宮城県南三陸町で暮らし、東日本大震災の復興活動に取り組んでいました。

なぜ南三陸で暮らそうと思ったのか。

「東北の復興の役に立ちたかった」、「今自分が何をしたいのか分からなかった」からです。

2年のうちの1年目を「南三陸あいターン」というプロジェクトに参加して働きながらボランティア活動を、2年目はボランティア活動のみをしていました。

南三陸あいターンの参加やボランティア活動を通して私の人生が大きく変わり、今のフリーランスとしての生活があります。

人生が大きく変われたキッカケである「南三陸あいターン」について実体験を含めてPRしていこうと思います。

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南三陸あいターンとは

「南三陸あいターン(旧:南三陸町復興応援バイト)」とは、宮城県南三陸町で働くことで町の復興に貢献するプロジェクトのことです。東日本大震災の復興から道半ば。

そして、働きながら南三陸のことを知って、南三陸が気に入っていただける方や南三陸に住み続ける方を増やそうと取り組んでいます。

このプロジェクトに参加して3ヶ月や1年で地元に戻る方がほとんどですが、なかには南三陸に正社員として、独立起業して、結婚などで永住すると決めて住み続けている方もいます。

それは、「南三陸がいいところ」だからです。

南三陸あいターンでの生活は、企業などで働いて、多くの方とシェアハウスで一緒に暮らすのが基本となっています。

ここでは、南三陸のことや南三陸での働き方、シェアハウスでの暮らしについて書いていこうと思います。その他のことや詳細については、公式サイトの「南三陸あいターン」でご覧ください。

南三陸

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宮城県南三陸町は、自然が豊かで、素晴らしい海の景色が広がるステキなところです。

ここで暮らしてみないとわからないことですが、地元の方は本当に温かい方ばかりです。

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春はワカメ、夏はウニ、秋は鮭、冬はいくらなど、美味しい食べ物もたくさんあります。

これだけでも、南三陸町を訪れる価値があるのではないでしょうか。

働き方

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働き方として、ホテル業、水産加工、食品加工、施設運営があります。詳しくは、こちらのお仕事情報をご覧ください。

私は水産加工の企業で働き、鮭の加工に携わっていました。

ここでしか体験できないようなことをいっぱい体験できて、実りのある1年間を送ることができました。

シェアハウスでの暮らし

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働き先に異なってきますが、同じような志を持った方と一緒に同じ屋根の下のシェアハウスで暮らしながら生活することができます。

これが楽しい。

下の写真、私が誕生日のときの写真ですが、シェアハウスの皆さんに祝っていただきました。

前の顔が白くなっているの私です 笑

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笑って、悲しんで、ケンカして……毎日が賑やかで楽しい日々でした。同じ屋根の下で数十人が暮らしていたので、もちろん言い争うことは多々ありましたが……

日本全国からこのシェアハウスに訪れ、数百人を超える出会いと別れがあり、その一つ一つが今も「一生の宝」となっています。

この宝があったからこそ、今の自分があるのだと、自信を持って言えます。

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南三陸あいターンに参加した方の声

このプロジェクトには、今までに100人を超える人が参加しています。

参加した人で3ヶ月で地元に戻った方もいれば、南三陸町に永住を決めた方、南三陸町で新たに事業を起こした方、南三陸町の方と結婚した方など様々です。

一部の方の声を掲載しますので、他の声は「移住者の声」をご覧ください。

小出 悟さんの声(新潟県出身)

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『本当にやりたいことに巡り会えたので社員になりました。』と、南三陸あいターンで1年間働いて、ここの社員となった小出さんの声です。

移住のきっかけ

南三陸町を津波が襲う映像を見て復興の力になりたいと強く思いました。 自分は新潟県出身で中越沖地震を体験していたからです。 地震が起きた時に他人事には出来ないという人は兵庫県の方を中心に沢山見てきました。 そして現地に行くなら短期のボランティアではなく長期で活動ができる取り組みは無いかと考え復興応援バイトに応募しました。

実際に住んでみて

南三陸町の魅力は自然豊かな町並み、海産物を筆頭にした美味しい食事、魅力的な人達だと思います。 さらにこの町で生活していると充実感や物事に対する活力が湧いてきます。 自分が勤めている水産加工業は楽な仕事ではないです。 にもかかわらず毎日が楽しいのは沢山の魅力が町に溢れているからだと思います。 四季で食材が変わるキラキラ丼、衝撃を受けたわかめなどの乾物、はまゆり大橋を下る時に一望できる志津川湾、好きなものを挙げるとキリがないのですが一人でも多くの人に南三陸町の良さを知ってもらいたいです。

社員になるきっかけ

今日まで会社の方々から食事、飲み会、差し入れ、社員旅行、数々の労いの言葉から仕事の指導まで本当に良くしていただきました。 もうすぐ行場商店で働いて2年半になるのですが仕事に対する情熱は高まるばかりです。 自分の人生を南三陸町と行場商店に捧げるという覚悟があるからです。 東北で成し遂げたいことも沢山あります。 本当にやりたいことに巡り会えたので社員になりました。

移住を考えている人へメッセージ

復興応援バイトという取り組みが始まってから沢山の人が南三陸町の企業に派遣されてきました。 自分も含め、多くの人が素晴らしい経験をしてそれぞれの地元に帰ったり町に残ったりしてきました。 これから応募してくる人にとって仕事や生活に対する不安もあると思いますが全力でサポートしたいと思います。 優しい町の人が支えてくれたり刺激的な先輩達と交流する機会もあると思います。 報道が少なくなり風化も進む中で5年が経過しようとしている今からが勝負だと思っています。 一人でも多くの人がこの活動を通して自分の人生をより良いものにして一日でも早い南三陸町、そして東北全体の復興を願っています。 南三陸町で一緒に働きましょう。

 藤本 侑美さんの声(兵庫県出身)

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『「いち支援者」じゃなく、「いち町民」になりたいと思ったのがきっかけです』と、ボランティア活動で南三陸を訪れ、地元の企業で働いている藤本さんの声です。

移住を決めたきっかけ

ボランティアからこの町へ入り、初めはこの町の為という思いで来たものの、だんだん住み心地とか人のよさにどんどん吸い込まれていって、「いち支援者」じゃなく、「いち町民」になりたいと思ったのがきっかけです。 海があって、なによりも漁師さんがかっこよすぎて。漁師さんの中には海を怖いと言う人もいますが、「津波にいろいろと奪われたけれど、俺たちにはこの海しかない、この海で生きていくしかない」 「この海を離れることは考えられない」そういう熱い想いで海に携わる人たちがキラキラと輝いて見えました。 また、仕事ってこんなに楽しいんだということをここに来て感じました。

実際に住んでみて

好きですね。みんなが言うように「第二の故郷」。 地元に帰って家族や友達に会って安心して、ホームシックにはなったりするけど、南三陸町では来る人や会う人みんなが声をかけてくれて、人の温かさを感じてここにいたいと強く思いました。

移住を考えている人へメッセージ

こんなにも一生懸命働いている人がいるという事、震災があってもこんなに頑張っている人がいるという事。一度町に来るだけでも何か感じると思いますが、一緒に働いてみて感じることが本当にたくさんあります。 また、実際住んでみるととても居心地がいいなと思います。そして、なによりも魚介類が美味しいことがこの町の一番の魅力だと思います。

小川 紗絵子さんの声(長崎県出身)

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『今どうしようか悩んでいる人がいたら、来るだけでもいいんじゃないかなと思います』と、ボランティア活動で南三陸を訪れ、南三陸の子どもを見守るために託児をするために、独立起業した小川さんの声です。

移住を決めたきっかけ

ボランティア期間中に関わった地元の人たち、特に自分と同世代のお母さんたちと密接に関わったことで、保育士として必要とされている事や頼られているという実感もあり、子供たちの成長を一緒に家族や地域ぐるみで見守っていけそうな地域だと思ったので、まだまだ一緒になにかやれるような気がして、もうちょっと長くいたいなと思ったのがきっかけです。 移住すると決めてからはほとんど迷うことなく、中途半端に4年5年というよりは、そのままいるくらいの覚悟がないと出来ないのかなと葛藤の末ずっと町にいようと決めました。

実際に住んでみて

九州での1人暮らしの時より食費がかからないです。町の皆さんは農業などで生活をしているので「持っていって」と言われることが多いので、お野菜や魚はほとんど買わなくてもやっていけるくらい、本当にありがたい。 ただ、楽じゃない、大変な面もいっぱいあって、震災で建物が無くなってしまっているから住むところに困りました。この拠点がなかったら難しかったと実感しています。 ちょっと気持ちがめいっている時には、家族や友達が離れていて大変かもしれないけど、それを地元の人たちが分かって心配してくれるし気にかけてくれるので、それもまたありがたいですし、地域の人たちが本当にあったかいです。

移住を考えている人へメッセージ

九州から来る人がいるなら、寒さへの覚悟は必要です(笑) これほど地域性が高く、何かあった時に誰かが助けてくれるし、みんなで力を合せて何とかするという地域性が好きだし、おススメです。 人付き合いが苦手という人にも町の人はどんどん声をかけてくれるので、そういう人は特に来てみると違う自分の一面が見れたり、あまり人と深くかかわったことがないという人も、町の人と濃い人間関係を築けると思う。 今どうしようか悩んでいる人がいたら、来るだけでもいいんじゃないかなと思います。

いきなり南三陸に住むのはちょっと…そんなときは南三陸体験ツアーに参加しよう!

いきなり南三陸に住むのは勇気がいることかと思います。

そんなときは南三陸あいターンを体験できる「南三陸体験ツアー」に参加しましょう!

詳しくは「体験ツアー」をご覧ください。興味を持ちましたら「お問い合わせ」から質問やお申し込みをしてください。

南三陸を知る

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専門スタッフによる案内で、南三陸を知ることができます。

現地でしか聞けない声、現地でしかない見れない景色から現地でしか伝わらない貴重な情報が知れますよ。

ボランティア活動、仕事体験

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就業を検討している企業での仕事体験、またはボランティア活動などをすることで、実際に町内に住んでいる感覚を少しでも感じることができますよ。

地元の方との交流

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町民の方や実際にIターンした方と交流することができます。

町民の方の話を聞くことで町のことを更に知れ、Iターンした方の話を聞くことであいターンのことを更に知ることができますよ。

シェアハウス体験

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民宿などの宿泊施設にも泊まることができますが、あいターンでの宿泊先の一つであるシェアハウスに泊まることもできます。

どんなところなのか実際に見て体験でき、実際に泊まっている方と交流ができるるのでオススメです。

私が南三陸あいターンに参加した理由

私が南三陸あいターンに参加した理由を書いていこうと思います。私が参加した頃のプロジェクトの名前は「南三陸町復興応援バイト」です。

私は今まで具体的な夢を持ったことがありませんでした。

そのため、なんとなく大学行って、就活から逃げて、大学院へ行って、大学院での就活でも途中で逃げて、こんな人生を送ってきました。

悩んでいた時期に見つけたのが「南三陸あいターン」です。

もともと、東日本大震災の直後にボランティア活動で何度か訪れていて東北との繋がりがあって「もっと東北のためになりたい」という想いがありました。

そんなこともあって、南三陸あいターンに参加すれば、少しでも東北のためになるかもしれない、自分が何か変われるかもしれないと思い、参加を決断しました。

私の南三陸の2年間

私が南三陸にいて活動をした2年間を写真を使って簡単に紹介します(一部の写真にぼかしを入れています)。

1年目

月〜土曜日までは企業で働いていました。これが南三陸あいターンの一番の目的なので。

唯一の休みである日曜日に、ボランティア活動をしていました。

ということで、1年目は毎日5時間睡眠で、休み無しで動いていました。企業での仕事が想像以上に重労働で、日々疲れていました……笑

でも、自分がしたかったことなので、なんら苦にはなりませんでした。

休みである日曜日の使い方は自由なので、シェアハウスでゆっくり過ごしても大丈夫ですが、少しでも東北の役に立ちたいということで、とにかく動いていました。

ボランティアの活動内容は様々でしたが、全国から訪れるボランティアの方と一緒に活動したり、ボランティアの方の受け入れのサポートを主にしていました。

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以下の写真はスイカ割り大会をしている様子ですが、たくさんイベントを開催して一緒に楽しむことができる活動も行いました。

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この他にもたくさんのことをしてきましたが、ボランティア活動を通して、たくさんの方と出会い、たくさんの方の笑顔を見ることができました。

前述のとおり休みの使い方は自由ですが、使い方によってはより充実した日々を送ることができます。

仕事以外にもこういった活動をすることで、今までに見えなかった何かが見つかるのでないでしょうか?

2年目

2年目は南三陸あいターンを卒業し、ボランティア一本で活動を行ってきました。

南三陸あいターンでは、月〜土曜日から基本的に働かないといけないので、もっと自分がしたいことを自由にしたかったためこのように決断しました。

1年目のイベントのサポートなどは継続しつつ、自分の得意分野であるパソコンを活かした活動も行いました。

その一つに地元のお母さん方にパソコンの使い方を教える活動です。

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その他に、地元の飲食店様のメニュー、団体様のチラシや名刺などのデザインを行ってきました。

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こういった活動が今のデザイナーとしてのフリーランス生活に直接繋がってきています。

南三陸の活動を終えて、いま、そして今後

南三陸での活動期間中に多くのボランティア活動を行いましたが、その間にたくさんの子ども達の笑顔を見ることができました。

また、企業で働いてるときに社長や従業員の方々に「あなた方のお陰で助かっている。ありがとう。」と何度も声をかけてくださりました。

自分が行った活動を通して東北のためになれたのか、正直わかりませんが、これだけでも意味があったのではないかと思っています。

大学院時代、自分が何をしたいのか、全く分からない日々を送っていましたが、2年間の南三陸での活動を通して「デザインの分野で世の中に貢献していきたい」と強く思うようになり、人生で初めて具体的な夢を持つことができました。

活動を終えてからは、地元に戻りデザインについてイチから勉強をしました。大学では情報関係のプログラミングやシステムのことについて学んできましたが、デザインについてはド素人だったので。

1年間は部屋に引きこもり、とにかく勉強していました。大学受験以上にしてました 笑

夢があれば、どうにかなるものです。

そして、1年の勉強期間を終えて、デザイナーのフリーランスとして無事に独立起業ができて、活動を行っています。

南三陸や東北の方々の少しでも為になりたいという想いから、南三陸や東北で活動している方々に向けたサポートも行っています。

今後は、地元岐阜と南三陸の半々の生活を送れたらなぁーと密かに考えています。地元でできるサポートには限界があるので。

基本的にはパソコンとネットさえあればできる仕事を今しているので、半々の生活を送ってもどうにかなるのかなーと思っています。

さいごに

南三陸あいターンについて書いてきました。

「人生の中でいつが充実していたか?」と問われると、間違いなく「南三陸で暮らしていた2年間」と答えるでしょう。

それだけくっそ充実した2年間だったからです。今後の人生でもこんな2年間ができるといいのですが……

「東北のために何か役に立ちたいと思っている方」、「今自分が何をしたいのかわからない方」、ぜひぜひ一歩を踏み出していただければなーと思います。

この活動に参加しても、自分がやりたいことが見つかるかは、結局は自分次第ですが、それでも参加すればきっと何か変われます!

少しでも興味を持っていただけたら「南三陸あいターン」のサイトで詳細を確認して、お問い合わせから質問や申し込みをしてください。

南三陸へレッツゴー!